首里城の写真の著作権とフォトグラメトリ

今年もあと数日を残すのみとなりました。今年も色々なことがありましたが、その中で悲しい出来事の一つに『首里城の焼失』が挙げられるでしょう。一方、今年は『日本版フェアユース』ともいわれる柔軟な権利制限規定が著作権法で施行された年でもありました。そこで、『首里城の焼失』と『日本版フェアユース』の両方に関係するテーマで少し書きたいと思います。

首里城の火災は今年(2019年)に起きたことの中でも最も悲しい出来事の一つといえるでしょう。この火災によって、正殿を含め首里城の多くの建物が消失してしまいました。沖縄の人たちが感じる喪失感を思うとやりきれない気持ちなります。

首里城のデジタル復元

沖縄の人たちだけでなく多くの人々が復元を願う首里城ですが、物質的な復元はすぐにはできないかもしれません。一方、デジタル復元であれば物質的な復元よりも早く取り組むことができます。そして実際、首里城のデジタル復元プロジェクトも立ち上がっています。

このデジタル復元プロジェクトは、皆さんからお持ちの首里城の写真・映像をアップロードして貰い、提供された写真や映像から首里城の3DCGを復元するというものです。以下に、このプロジェクトの成果物を紹介しておきます。

いかがでしょうか?驚くことに、これらの3DCGは、3DCGを作成するために特別に撮影された写真から作成されたのではないのです。首里城の火災があった後に善意の提供者から提供された写真からフォトグラメトリ(photogrammetry)といわれる画像解析技術を用いて作成されたものです。おそらく提供された写真の多くは一般人が撮影したものであり、しかも撮影日時もバラバラだったでしょう。ご覧のとおり、フォトグラメトリという技術には、不測の事態で消失してしまったものを事後的にデジタル復元することの可能性を期待させる技術なのです。

デジタル復元の著作権問題

ところで、上記3DCGの作成に用いられた写真は、プロジェクトのデータ取り扱いポリシーに同意した後に提供されたものです。したがって、データ取り扱いポリシーに定められた目的内の利用であれば著作権の問題が発生することはありません。

一方、一般人が撮影した写真であってもデジタル復元に用いることができるのならば、インターネット上に公開されている写真も活用出来たら復元精度も向上するのではないかと考えられるわけです。そして、本年(2019年)1月1日に施行された著作権法30条の4(新設)は、このようなデジタル復元のために他人の著作物を活用することを可能にし得ると考えられるのです。

裁判所などの直接的な判断は未だ無い状況ですが、少し考察してみたいと思います。なお、新設された著作権法30条の4は以下のとおりです。

(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)
第三十条の四 著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
一 著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合
二 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合
三 前二号に掲げる場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあつては、当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合

著作権法 新30条の4

ここで、首里城のデジタル復元のようなフォトグラメトリが著作権法30条の4の適用を受け得るかは、端的には2号の情報解析に該当するか否かとなるのですが、同条の柱書きには「次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」とあることを考えれば、当該フォトグラメトリが著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的とするか否かを検討すべきでしょう。

この点、柔軟な権利制限規定に関する文化庁著作権課のFAQ「デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方について」には、以下のように説明されています。

Q: 特定の場所を撮影した写真などの著作物から当該場所の3DCG映像を作成するために著作物を複製する行為は,権利制限の対象となるか。

特定の場所を撮影した写真などの著作物からその構成要素に係る情報を抽出して当該場所の3DCG映像を作成する行為は,当該著作物の視聴等を通じて,視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為ではないものと考えられることから,著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない行為であると考えられる
なお,当該写真などの著作物の表現上の本質的特徴を感得することができる態様でCG映像が作成されることとなる場合には,当該CG映像に含まれる写真などの著作物について,その視聴等を通じて,視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けた利用がされることが想定されることから,当該写真などの著作物の当該CG映像への複製行為は権利制限の対象とならないものと考えられる。

デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方について(問15)

つまり、首里城のデジタル復元のような行為は、原則的に著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない行為となるが、当該写真などの著作物の表現上の本質的特徴を感得することができる場合には、著作権法30条の4の適用を受けることができないということになるでしょう。

そして、当該写真などの著作物の表現上の本質的特徴を感得することができる場合とは、この文言が「江差追分事件」の最高裁判決が示した判断基準を意識して述べられているのだろうことを考えると、首里城のデジタル復元に際し著作権法30条の4の適用を受け得るか否かは、デジタル復元に用いる首里城の写真における創作性がある部分がどこであるかが重要になります。

【要旨1】 言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照),【要旨2】既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である。

最小一判平成13年6月28日(平成11(受)第922号)

首里城を被写体とした写真の著作物性

ところで、被写体として首里城を撮影した写真が著作権法上の著作物であることは事実上争う余地がありません。実は「写真で見る首里城事件」という有名な事件があり、その判決の中でも写真の著作物性が認められています(ただし、判決で判断された本件原写真18の被写体は座喜味城跡)。

本件原写真18は,沖縄県内の城跡の1つであり,世界遺産にも登録されている座喜味城跡を地上から撮影した写真であるところ,・・・(中略)・・・同じ座喜味城跡をほぼ同じ位置及びアングルで撮影しても,相当印象が異なる写真が作成されている点にかんがみると,本件原写真18は機械的に撮影されたごくありふれたものである等とは到底いうことができず,本件原写真18は,その表現の仕方につき,原告の思想ないし感情が創作的に反映された,美術の著作物に当たるというべきである。

那覇地判平成20年9月24日(平成19(ワ)第347号)

一方、写真自体が著作権法上の著作物であっても、当該写真を何らかの形で用いる行為が直ちに著作物の利用(つまり侵害行為)になるのではなく、その判断基準を示しているが「江差追分事件」の最高裁判決なのです。

結局のところ、首里城のデジタル復元のようなフォトグラメトリが著作権法30条の4の適用を受け得るかの問題も、著作権法上の著作物である首里城の写真のうち、創作性がある部分が利用され、最終的な成果物の中に既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるのならば著作権法30条の4の適用を受けることができず、そうでなければ適用を受けることができることになるのでしょう。

ところで、首里城のような固定物を被写体とする写真の著作物性の判断に関しては、その判断がほぼ確立しています。被写体の決定自体にも著作権法上の保護に値する独自性が与えられることがあり得るとする「スイカ写真事件」の控訴審判決でさえ、 以下のように述べられており、この考え方を踏襲したと考えられる 「廃墟写真事件」の控訴審判決でも著作権侵害は否定されています。

写真著作物において,例えば,景色,人物等,現在する物が被写体となっている場合の多くにおけるように,被写体自体に格別の独自性が認められないときは,創作的表現は,撮影や現像等における独自の工夫によってしか生じ得ないことになるから,写真著作物が類似するかどうかを検討するに当たっては,被写体に関する要素が共通するか否かはほとんどあるいは全く問題にならず,事実上,撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分が共通するか否かのみを考慮して判断することになろう。

東京高判平13年6月21日(平成12年(ネ)第750号)

本件の原告写真1~5は,被写体が既存の廃墟建造物であって,撮影者が意図的に被写体を配置したり,撮影対象物を自ら付加したものでないから,撮影対象自体をもって表現上の本質的な特徴があるとすることはできず,撮影時季,撮影角度,色合い,画角などの表現手法に,表現上の本質的な特徴があると予想される。

知財高判平成23年5月10日(平成23年(ネ)第10010号)

つまり、過去の裁判例から考えると、首里城を被写体とした写真が著作物であることは疑いないとしても、撮影対象自体をもって表現上の本質的な特徴があるとすることはできないと考えられるのです。

まとめ

首里城のデジタル復元に関する著作権問題について検討してきましたが、このような被写体自体に格別の独自性が認められない場合に用いられるフォトグラメトリには、著作権法30条の4の適用を認めるべきでしょう。フォトグラメトリ(photogrammetry)は、その名が示すように、写真から測量的な情報を抽出する手法であり、既存の建造物などを被写体とした写真において当該建造物の測量的な情報の部分に創作性があるとは考え難いからです。

むしろ、折角できた権利制限規定ですので、首里城のデジタル復元のような場面で大いに活用して欲しいと思います。 すでに指摘したように、フォトグラメトリという技術には、不測の事態で消失してしまったものを事後的にデジタル復元することの可能性を秘めた技術なのです。

もっとも、全てのフォトグラメトリが著作権問題を発生させないことまでは保証されないことに注意が必要です。被写体自体の幾何学的形状に著作権上の保護に値する創作性がある場合には、作成された3DCGが当該被写体の著作権の侵害となることも考えられます。これは、フォトグラメトリに用いた写真と3DCGとの間の著作権問題ではなく、元の被写体と3DCGとの間の著作権問題であり、全く異なる問題です。