ミニオン語の抗弁

ちょっと興味深い訴訟が提訴されたみたいなので、少し記載しておきます。

毎日新聞の報道(2017年10月13日)によると、ミニオンの関連商品が商標権侵害で訴えられたそうです。

原告側が製造している男性用下着とUSJが販売しているミニオンのグッズ(上)=大阪市中央区で、幾島健太郎撮影(出典:毎日新聞)

おそらく問題となっている商標権は第5316480号登録商標(と第5163790号)でしょう。

上記報道によると、

USJ側は「BELLO」(ベロー)は「こんにちは」を意味するミニオン語だと説明し、字体も異なるため客の混同はなく、売り上げはミニオンの知名度によると反論。USJは取材に「詳しいことは裁判で説明する」としている。

とのことですが、注目したいのは「BELLO」はミニオン語で「こんにちは」を意味すると説明されている部分です。

「詳しいことは裁判で説明する」としているので推測となってしまうのですが、これは、「BELLO」はミニオン語で「こんにちは」を意味するので、『商標的使用』に該当しないとのことなのでしょう。架空の言語である「ミニオン語」というのを持ち出して、商標的使用に該当しないと主張するなんてことは、あまりにも斬新すぎると思うのです。

商標法26条1項6号にも、判断主体が「需要者」であることが明記されているのですから、たとえUSJ側が「こんにちは」の意味で「BELLO」を付したとしても、通常の需要者は「ミニオン語」を理解しないのだろうし、商標的使用に該当しないとの主張は無理があるように思います。

そもそも本件の場合、写真を見ると分かるように、男性用下着のゴムの部分に「BELLO」の文字が付させているので、ミニオンが発している挨拶であると理解することは難しいのではないでしょうか。むしろ、この部分には、ブランド名が付されていることの方が典型的なように思います。かつてはこれを持ち主の名前であると誤解したジョークもありましたが、このような誤解がジョークたり得るには「普通はブランド名だって思うでしょ?」という常識があるはずです。そういう意味でも、商標的使用に該当しないという主張はちょっと難しいのかなと思います。

[追記]地裁判決が公開されました

ミニオン語商標事件の大阪地裁判決が公開されましたので、これについて少しコメントを追加します。

予想した通り、被告(USJ)は、「BELLO」はミニオン語で「こんにちは」を意味するので、『商標的使用』に該当しないとの主張をしました。 これに対し、大阪地裁は以下のように述べて、被告の主張を退けました。

被告は,「BELLO」という語は,ミニオンが用いるミニオン語として認識されると主張する。しかし,映画の設定上はそのようにされているとしても,ミニオン語は18種類以上あり,映画の宣伝等でもミニオン語〔特にBELLO〕に着目した宣伝がされているとも認められないこと〔前記1(1)ア(イ)〕からすると,ミニオンというキャラクターが周知であることを超えて,「BELLO」という語がミニオン語であることまでが被告各商品の需要者の間で周知となっているとは認められないから,需要者が「BELLO」という語がミニオン語であるとまで認識するとは認められない。

映画に出てくる架空の言語を持ち出して、需要者が「BELLO」という語をミニオン語であると認識するとの主張は、流石に認められ難いと思っていた通りです。

一方、結果的には被告(USJ)の商標的使用には該当しないとの主張が認められました。つまり、結果的には被告(USJ)の勝訴となります。これは、大阪地裁の判断が、下記の通り、販売時の出所の識別を重要視したからであると思われます。

被告各商品は主としてUSJのパーク内及び近隣の直営店舗で公式グッズとして販売されているところ,USJを訪れる需要者が上記のような関心を有することに加え,パーク内のキャラクターとしてミニオンが導入されていることからすると,需要者にとっては,ミニオンが,USJ(被告)が擁するキャラクターであり,被告各商品は,そのUSJ(被告)がパーク内と近隣で運営する店舗で販売している公式のキャラクターグッズであるということをもって,他の商品との出所の識別としては十分であり,それ以上に被告各商品の出所の識別を意識する動機に乏しいと考えられる。

判決では、上記のように述べて、「被告各商品が販売されているいずれの局面においても,被告各標章が出所表示として機能していない」との結論を導きました。

しかしながら、商標の機能は大きく分けただけでも、出所表示機能・品質保証機能・宣伝広告機能があるとされているところ、 上記のような判断は妥当であったのか疑問が残ります。

この点、商標的使用の判断には、出所表示機能だけではなく、他の機能についても考慮しなければいけないとする見解も多かったはずです。実際、『商標的使用』に関する重要裁判例とされているポパイ事件でも、出所表示機能・品質保証機能・宣伝広告機能が『本来の商標』の経済的機能であると述べられ、これら「本来の商標の経済的機能の発揮に不当な影響を及ぼすことはない」ものを商標的使用でないとしています。

「本来の商標」は、これにより自己の営業に係る商品を他の商品と区別するための「目じるし」として、すなわち、自他商品を識別することを直接の目的として商品に附されるものである。「本来の商標」の経済的機能として、出所表示機能のほか、品質保証機能、広告宣伝機能があることは一般に認められている。
(中略)
登録商標の機能と関わり合いがない使用態様のものは、特別の事情がない限り、登録商標の正当な権利行使、すなわち、出所表示、広告、品質保証等の本来の商標の経済的機能の発揮に不当な影響を及ぼすことはないと解せられ、この行為についてまで権利侵害を認めることは、実質的理由なく不必要に権利者を保護する幣害をもたらす反面、一般人は不当に自由を奪われることになり、公正な競業秩序を維持するゆえんではないからである。

大阪地判昭和51年2月24日(昭和49(ワ)393)[ポパイ事件]

以下に掲げる動画および画像は、ジャスティン・ビーバーを起用した2015年春版のカルバン・クラインのキャンペーンです。動画および画像を見てもらうと解るように、ジャスティン・ビーバーは、ウエストのゴムのところに「Calvin Klein」というロゴが印字された下着を着用していますが、その上にジーンズを着用しているので、下着自体はそのほとんどが見えない状態になっています。この場合、下着のゴムの「Calvin Klein」のロゴはジーンズに付されていると解すべきなのかもしれませんが、いずれにせよ何らかの意味で商標的使用がなされているのは間違いないでしょう。

一方、本件における原告商品および被告商品をジャスティン・ビーバーのように着用した場合、何らかの混同が生じ得るのではないでしょうか?

原告やカルバン・クラインに限らず、多くのアパレルメーカーが下着のゴムのところに自社ブランドのロゴを付している現実は、販売時の出所表示機能だけでは説明ができない現象だと思われます。この現象の背後には、ジャスティン・ビーバーのようなカッコイイ人の下着のゴムに「BELLO」と書かれているのを街で見かけたら、「BELLO」の商品を購入したくなるという消費者行動があるのでしょう。その意味で、今回の判決には疑問が残ります。