人工知能(AI)×疑似相関÷発明該当性

公益財団法人 統計情報研究開発センターが刊行している統計と情報の専門誌「エストレーラ」の8月号に拙稿「統計情報と特許法上の発明の関係」を寄稿させて頂きました。そこで、以下でもその概要を紹介しておきたいと思います。

近時、人工知能(AI)やビックデータなどの技術革新に伴い、いわゆる「第4次産業革命」の実現が期待されています。これに対応するために、特許実務でも特許・実用新案審査ハンドブックの附属書A及び附属書BにIoT 関連技術等に関する事例が追加されました。

一方、人工知能(AI)に対する過度な期待から、人工知能(AI)の出力を無反省に信じ込んでしまう事例も目立っているように思います。

2017年7月22日にNHK総合で放送された「AIに聞いてみた どうすんのよ!?ニッポン」では、社会問題解決型AI(人工知能)が導いた「健康になりたければ病院を減らせ」などの提言を放送し、多くの批判を受けたようです(例えば など参照)。

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ところで、統計を過信してはいけない例として、疑似相関が良く知られています。疑似相関とは、相関関係がみられるものの、因果関係があるわけではない状態をいいます。そして、人工知能(AI)は、相関関係を見つけることを得意としている一方で、因果関係までは見つけることが不得意なので、人工知能を過信してはいけない例としても、疑似相関の問題が指摘されることが多いのです。

上記番組で紹介された「健康になりたければ病院を減らせ」などの提言は、この疑似相関の典型例であったようにみえます。

特許法としての疑似相関の問題

さて、この人工知能が不得意とする「疑似相関」ですが、特許法の問題としては

疑似相関であることを理由として
発明該当性を否定することができるのか?

ということになると思います。

特許法は、法上の「発明」であるには「自然法則を利用した技術的思想の創作」であることを要求しています。だとすると、疑似相関は因果関係ではないので、法上の「発明」にも該当しないようにも思えます。

しかしながら、ここでは結論を急がず、良く知られた疑似相関を例にして、この問題の所在を明らかにしたいと思います。

アイスクリームと水難事故

アイスクリームの販売量と水難事故の発生件数との間には相関関係がありますが、これは疑似相関であることが良く知られています。この2つの事象の間には、気温という交絡因子(潜伏変数ともいう)が存在し、アイスクリームの販売量に関する気温の因果関係と水難事故の発生件数に関する気温の因果関係とを合成した関係を観察しているのに過ぎないわけです。

ところで、この疑似相関を用いた以下の2つのアイデアは、法上の「発明」に該当するでしょうか?

  • 【アイデアA】アイスクリームの販売量を減らすことによって、水難事故の発生件数を減らす方法。
  • 【アイデアB】アイスクリームの販売量のデータを取得して、その販売量に応じて海岸監視の頻度をリスケジュールをするシステム。

アイデアAが発明に該当しないのは明らかに思えても、アイデアBに関してはその判断が難しいのではないでしょうか?アイデアBに関しては、なんといいいましょうか、ちょっと変というか、間抜けな感じがするかもしれません。

ここで指摘しておきたいのは、アイデアAもアイデアBも同じ疑似相関を利用しているのですから、疑似相関であることを理由としてアイデアAの発明該当性を否定するならば、アイデアBも同じ理由で発明該当性が否定されてしまうということです。

結論

本来であれば、続きは拙稿「統計情報と特許法上の発明の関係」を読んで頂きたいのですが、ここでは簡単に私なりの結論を記載しておきます。

特許法は、法上の「発明」であるために「自然法則を利用した技術思想の創作」であることを要求しているところ、疑似相関では因果関係でないので、自然法則を利用したことにはならないようにも思えます。

しかしながら、上記アイスクリームと水難事故の例でも解るように、疑似相関であっても、交絡因子を介した複数の因果関係の合成となっていることもある以上、疑似相関であることだけで自然法則を利用していないとするのは適切ではないでしょう。

だたし、疑似相関である場合には、一方の変数を主体的に動かしても他方の変数が追従しないので注意も必要です。これが、上記例示した【アイデアA】であり、実際には、アイスクリームの販売量を減らしも水難事故の発生件数は減らないので、自然法則を利用したとは言えない(自然法則に反する)ことになるのです。

なお、上記番組で紹介された「健康になりたければ病院を減らせ」などの提言は、この注意点を怠っているように思います。

一方、変数を主体的に動かさず、測定対象とするだけなら、自然法則に反することはありません。これが、上記例示した【アイデアB】です。アイスクリームの販売量と水難事故の発生件数との間に疑似相関があるならば、アイスクリームの販売量が多い時は、水難事故の発生件数も多い時であり、そのようなときに海岸監視の頻度を増やせば、水難事故の発生を防ぐ確率は高まるでしょう。このようなアイデアには、矛盾が生じない程度に自然法則が利用されているのです。

正直なところ、上記例示した【アイデアB】は、お世辞にも優れた発明とは言えないのですが、その一番の要因は「(交絡因子である)気温を測定する方が簡単なのにも拘らず、アイスクリームの販売量のデータを取得している」ところにあるのでしょう。しかしながら、「他にもっと良い方法がある」ことなどは、法上の発明該当性の問題ではないのです。

疑似相関の活用事例

結局のところ、疑似相関が役に立つか否かは、交絡因子が直接測定可能であるか否かの問題に依存した問題でしかないのです。つまり、交絡因子が直接測定可能であれば、疑似相関であるとの批判を受け、交絡因子が測定困難であれば、(疑似相関であると批判を受けず)間接的な測定が可能になったことを喜ばれるのです。

拙稿「統計情報と特許法上の発明の関係」では、特許・実用新案審査ハンドブックの附属書A及び附属書Bに追加されたIoT 関連技術等に関する事例の中から「リンゴの糖度データ及びリンゴの糖度データの予測方法(附属書A 事例3-2)」と「宿泊施設の評判を分析するための学習済みモデル(附属書B 事例2-14)」を題材にしながら、人工知能(AI)やビックデータなどの技術の中で疑似相関などの統計処理がどのように取り扱われているかを簡単に解説しています。

拙稿「統計情報と特許法上の発明の関係」の入手方法

統計と情報の専門誌「エストレーラ」は、一般の書店などでは入手できないと思いますので、もし拙稿「統計情報と特許法上の発明の関係」にご興味頂けましたら、弊所までお問い合わせをくださいますようお願い申し上げます。